オナニーや下ネタに対し、嫌悪感を持ってらっしゃる方は、クリックしないようにしてください。お願いします。
時間があり、くだらないオナニー話を読んでみたい奇特なお方だけクリックをどうぞ。ナニー禁止令
20××年、突然ある法案が国会で可決された。
オナニー禁止令。
国会では満場一致の決定事項だった。オナニーを発見されると最低無期懲役、最高で去勢という、これまで類を見ない法案。オナニー禁止令という言葉だけ聞くと、世のブサメン男性にとっては死刑判決に近い法案。
理由は、極度の少子化による精子の保護。オナニーは禁止だが、その代償として男性は精子を放出する際、女性の膣内に出すことのみを余儀なくされる。女性もそれを受け入れる必要がある。拒めばオナニー禁止法案と同等の刑罰を受けねばならない、養育費は全額負担されると言われるが、女性にとってはたまったものではない法案がこの年可決され市民は騒然となった。
しかし男性は狂喜乱舞した。もちろん僕も含めた男性達。
「オナホールや、僕の永遠の恋人”愛する右手”とおさらばできる」
もう世の男性は狂ったように美女を襲う。もう蟻が甘いものにたかるとか言うそんなレベルで。
しかし、当初は狂ったように女性を襲っていた男性も、何かを感じる。自分の好きな女性を有無言わせず生殖行為に持ち込むことが出来るのだ。だが、何かを感じる。巷では、遠い昔に自慰行為のやりすぎでタコになった右手を見ながら葛藤し思案するものも増えてきたと言われる。
かく言うこの僕もこの法案が可決されてからというもの、もう街のあらゆる美女を抱いてきた。もう狂ったように、これまで汚物を見るような目つきで徹底して蔑まされてきた女性に、これまでの怒りのアフガンをぶつけるが如く発散したものだ。
そのおかげで僕のジュニアは繁栄し、この街も子供だらけになった。僕が知ってるだけでもおおよそ30人が僕のジュニア。いや、僕に似てるかなーと思える子供を見かけるたびにその数は増え続けていってるので、最終的には3桁に届くかもしれない。長男は中学校を卒業を控えるまで成長した。そして少子化なんて言葉はもう使われなくなった。
30人の我が子の成長を見るのは感慨深い。この法案が可決されるまで、子孫を残すことなど夢にも思わなかった。その点で言えば国に感謝している。
しかし、慣れとは恐ろしいもので、セックスが日常茶飯事になってくると、セックスがありがたくなくなる。カレーが好きだからといって10年もカレーを食べ続けることは出来ない。これだけセックスに対しオープンになると、女性も羞恥心が無くなり、もうオープンオープン。セックスの大安売り。しかし世の男性はそれが当たり前になってきて、別のものを求めていく。
そうオナニーだ。
巷の情報誌を見ると、正しい精子の受け止め方や、よりよい子作りなど、実写版で大々的に掲載されている。10数年前の日本ではありえない世の中。しかし、セックスに対しオープンになるにつれ、ほんの少数だが世の男性達が気づきだす。僕もその内の一人。
そうオナニーだ。
今の時代、オナニーとなんて単語を発すると、もう過去のレイプ犯罪者並みの目で蔑まれる世の中。だから今の世では誰も口にしなくなったこの言葉。今の若人はオナニーを知らない者も多いと言う。オナニーより先にセックスから入るのだから当然と言えば当然だ。もう今の若い世代になると、保健体育で先生自らセックスの疑似体験を指導する学校はあっても、オナニー・自慰行為なんていう言葉を暗に伏せたがる教育者。
万が一子供が、オナニーってなに?と問いかけても、昔で言う、子供はどうやって生まれてくるの?と聞かれた大人が説明に困るくらいの質問に成り下がったオナニー。おしべとめしべなんて子供だましのセリフを吐く必要が無くなった世の中。世の教育者は毅然として説明する。
「君のお父さんとお母さんがセックスして生まれたんだ」と。
「お父さんのペニスがお母さんの・・・」と。
そんなある日、僕はコンビニである青年雑誌の表紙にこじんまりと書かれたタイトルに目を引かれた。そこには驚愕の文が。
「美しいオナニーエッセイ、略してオナッセイ大賞募集!」
僕の中で何かが弾けた。もう射精しそうな勢いで勃起した。いや、現実に言うと射精した。言葉だけで射精させるこのタイトル。もうピオリム×5くらいの素早さで、僕はその雑誌を手に取った。ハードゲイセックスの基礎知識や、一人一日でどれだけの女性を妊娠させられるのかなど、そんな在り来たりな情報やトリビアの種はいらない。しかし、やっと見つけたその記事の扱いは小さく、新聞の4コマ漫画の1コマくらいの割合で記されていた。そして、その投稿規程には、
オナニーにまつわる美しい話を書いてください。オナニーに関する話題なら何でも結構、実話である必要もありません。基本的には美談で泣ける話、感動する話などがベターです。
誰もが気さくにオナニーを語れる、昨日のナイターの結果を論じるノリでオナニーを語れる、タウン情報誌に極上のオナニーのやり方の特集記事が載る、そんな理想的な世界が到来しないのかということが言いたいのです。
今の世でこんな大それた企画を発案するとは、僕の快楽の原点であるオナニーを思い出した僕の心の中では、もう僕の中で彼は一気に北朝鮮の将軍様くらいの位置まで上り詰めていきました。
全ての人がこの記事を見てるわけでもない。でも、この素晴らしい発案をみんなに知らしめてあげたい。もっと多くの人に知ってもらいたい。一人でも多くオナニーの素晴らしさ、尊さを分かって欲しい。僕はいてもたってもいられず声高々に叫んだ。
「オナニーとは素晴らしいものだ!オナニー最高!」と。
現在僕は、窓が鉄の棒で遮ってある薄暗い個室に収容され、度重なる尋問を受けたりしながらその合間にこの文を書いてます。
最後になりますが、僕が叫んだ言葉はコンビニにいた数人に届いたはず。その中の数人、いや1人でもこの言葉を意味を理解し、僕の意思を酌んでくれる人がこの先現れて、オナニーをオープン化に向け何かのきっかけになってくれればと思いながら筆を置かせていただきます。
1時間くらいで思いつくままに書いたんで、もう呆れるばかりの誤字・脱字の文で失礼。
とりあえずこれを送ってみたいと思います。
しかし、改めてpatoという人は凄いと思った。
僕にはやはり文才は無いようですよ。
【日記の最新記事】



